”でつ”別館

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最近聞かなくなった?

ちょっとまじめな話。

いろいろな学力調査の結果が発表され、そのたびに様々な評論や意見を私は主にテレビを通じて見聞する。

今の子どもたち、いわるゆ「ゆとり世代」は学ぶ量が減らされて、その分総合学習や土曜休みに学校では学べないことを学ぶなど理由をつけて「ゆとり」が作り出されたんだったと記憶している。

当初、それまでの画一的な知識を豊富にして平均的な人間を作り出してきた反動として”個性”ということばをとてもよく聞き、声高に論じている人が多かったようにも思う。

ところがどっこい、今になって時代が変化、雇用動向も景気も変わり、親の収入格差も広がるに連れて子どもの教育格差も出てきた。一番わかりやすいのが東大生の親の平均年収が一番高いというところか。実際、学校行事で下校が4時頃になるとき、解散と同時に一目散に走ってくる子はたいてい5時から塾の子たち。お弁当を持って塾で教科書とは全く別次元の勉強をしている。同じ時刻、駄菓子屋さんで買い食いしている子たちもいる。

個性ということばと入れ替わるようにして、学力は「2極化」しているということばをよく聞くようになった。

2極化して学力分布がふたこぶラクダになったら。。。過去、中央にひとやまだった分布のときは基礎があるからちょっと頑張れば、右側の山すそへ移動することができた。でも、ふたこぶラクダになったら容易には右側の山に登ることは自力では難しい。多分、左の山を降りた時点で遭難するだろう。

 

そんなこんなで、オトナたちはまた子どもたちをひとやま分布にしようと授業時間を増やしたり、公立中学で塾が授業を夜間行おうとして底上げしようとしている。親の関心も2極化しているようにも思えたり。。。

「ゆとり世代」といつか言われるであろう子どもたち、生きる力は知恵だけではなく知力(常識ともいえるかな、とも私は思うけれど)も必要だと思う。それが、オトナのせいで身につかなかった、なんて言い訳をさせずに済むようにしないといけないんじゃないかな、と思う。

そして。。。”個性”はどこへ行った?

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コメント

こんばんは。

>オトナのせいで身につかなかった、なんて言い訳をさ  せずに済むようにしないといけないんじゃないかな、  と思う。

そうですね、全て子供の世界に大人(親)が入り込んで来た結果ではと思います。
勉強は2極化。運動会などは平均化。親のエゴではと思えてなりません。

私の小さい頃は例えば、勉強で負けても運動で勝つということで子供なりに満足していました。(私だけかも知れませんが・・・笑い)

こんばんは
勉強の2極化もでーんと表示しないんですよね。
だから自分がどこにるのかわからない子も塾へ行っていなければ多いのではないのでしょうか。
確かに、運動会では個人の順位はつきませんね。リレーばかりですし。。。
 
オトナ、しかも産業界の言いなりなのではないか?と思いました。平均的な力で支え続けてきた中流を
「個性がないと!」という産業界の要請から政治が言い出し、そういった教育になった。今度は学力が足らない、とまた中流を作ろうとしている。。。
 
それとも競争に疲れたオトナの憧れを子どもに求めたのかな?
 

おはようございます。

「個性」最近聞かないな。ブームは去るっていうことだし…。
偏差値も、正規分布が前提だし…。

子どもたちの勉強を見ていて、教え方にも課題があるような気もします。肝心なことを理解していないし、教科書にも小さくしか書かれていない。

地道な努力が報われる世の中にすることが根底では必要なんじゃないかと思います。

おはようございます
そう、個性ってことばを聞かないんです。
個性という言葉を放任と履き違えてのびのびをやりたい放題と履き違えて幼稚園で集団生活の最初を送り、小学校に入って1年生から学級崩壊する。。。そんな弊害があったのでは?とも思ったりします。
 
学校の授業、する側は難しいと思います。
2極化しているという現実を受け入れ、底上げを図りたいのなら学力別クラスも視野に入れるべきかな、と思ったりします。
実際に算数でそれをした年がありましたが、あれこれ問題があって毎年保護者会が開かれていたほどです。

子どもたちの多くがいい感じで知識の満腹感を得られる方法を探ることが必要かな、と。。
地道な努力。。。「昔は見ている人は見ている」といいましたが、今は誰しもが周りを見る余裕ってなくなっていますね。

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